watanabiの日記

健康法や英語の学習法など、いろいろ書いています。

今のWebは憎悪とゴシップしかない。Web2.0の頃のワクワク感はどこへ行ってしまったんだ。。。


Web2.0の頃はWebにはロマンが有りました。次々に新しいものが生まれてマッシュアップとかも流行ってました。オープンソースを活用して個人がwebサービスとかリリースしたりして、新しい世界が始まった感じがしていました。

Webは新しい自由な空間で、「既得権益をぶっ壊す!」くらいの勢いだったのに、
気がついたらabema TVみたいに既得権益側がネットに進出するようになった。

今までは、社会のしがらみに縛られてて正しい情報が出回らなかったけど、web2.0では誰でも発信者になれるんだ!グッバイ偏向報道!!革命の幕開けじゃぁ!!くらいの勢いだったのに、僕らが手にしたのはFacebookで知り合いが垂れ流す興味のない日記とYoutubeの学祭ノリの動画だけ。
Webにあるニュースはゴシップが大半になりました。ワイドショーや文春と大差ない低俗さです。
それどころかポストトゥルースですか。偏向報道どころか情報の迷宮に迷い込んでしまいました。

僕は健康に関心があって、色々Googleで調べてますが、webは情報の質が酷すぎます。 平気で事実と違う事が書かれてるサイトが上位に並びますし、DNAのキュレーションサイトの問題でも明らかになったけれど、彼らは読者や内容には興味がなくてアクセス数が稼げればいいみたいです。 ちなみにgoogleの英語サイトから英語でググると結構マシになります。

昔は今後は様々な情報がWebで公開されて情報や知識が無料になると期待してたのに、今はネットは信用出来なので昔より本を買う始末ですよ。 期待と真逆の事が起こってます。

webの力で社会は高みに登るのかと思いきや、逆に低きに流れてるわけですよ。
webだけのせいでは無いけれども、どんどん本質主義から離れています。
人々が物事の判断にかける時間が減ったせいで、何よりも見た目や第一印象が大事になってます。
食事で大切なのは栄養ではなくて味になった。それどころかインスタ映えがする味より見た目が大切になってしまいました。
それどころか、見た目すらもどうでも良く、星4.3の店で食事をしたことの事実の方が大事な人もいるかもしれません。
スマホを見ながら食事をする人には味も見た目も関係ないですからね。

最近のWebは情報が溢れすぎたし、大半に悪意がある。 情報の正しさが大切なのではなく、何となく感じが良い記事の方が良いみたいです。 CMなんて好感度タレントがシュールな寸劇かリズムに合わせて、「タダ」とか「コスパ」とか「今だけ」とか叫ぶだけになってるし、この世の全てが空っぽになってしまったのではないかと不安になります。 全ては喉ゴシ勝負の時代です。

wired.jp

Web2.0の時は「テレビやCMは信用できない。でも、僕らには口コミがある!!」「ユーザーが自身の評価だから信用できる。@コスメで椿油人気に火がついたのはWeb2.0ならではです!こんなの今まででは起こりえません!!」みたいな感じでしたが、今では口コミも信用できなくなってしまいました。ステマが横行したしAmazonとかのレビューを操作する術も確立されてしまいました。お金でレビューが買えるのです。

更に故意に評価を下げる悪意のあるレビューがあったりと、匿名性の限界も露呈しています。

匿名でも意見を集めれば均一化されて、真の評価が得られると思ってたのに、実際には周りの評価に簡単に影響さちゃうし悪意に満ちるしで期待はずれな結果になってしまいました。

個人的に、現状を引き起こした原因は以下の三点が大きいと思ってます。
* スマホの普及でWebが一般化して参加者の増加と質の変化(Webに求めるものが変わった)
* 資本主義的な人々に目をつけられた
* 自浄作用の欠如

他にも、
* webが一般化したので自主規制のような自重する必要がでた(尖った事ができにくくなった)
* web上のモラル崩壊
などなどが思いつきます。

スマホの普及でWebが一般化して参加者の増加と質の変化(Webに求めるものが変わった)

かつてWebは暇人のオタクのものだったのだけれども、スマホの普及で一般層まで普及しました。 昔にユーザー参加型のサイトは参加者が増えるとつまらなくなるみたいな記事を書いたが、それがWeb全体で起きてる気がする。

watanabi.hatenablog.com

モラルも滅茶苦茶低下してる気がします。 目立てれば良いみたいな、炎上商法的なものが多いです。
2chが一般化したせいか、web全体が2ch化してる。(悪い意味で)
※それどころか米国大統領まで2ch化してる!?

昔のwebは社会に馴染めない暇人が、何かを発表する場でマニアックでくだらない感じだったのに、今のwebは現実社会の不平不満を吐き出す場としか機能してない。
以前はテレビ(主にワイドショー)がその役割を担ってたけど、Webに移った感じ。少なくても今のwebには微かな文化的な匂いもないし、ただただ社会の不平不満を投影して増幅する装置になってる気がします。

スマホSNSとかでWebと現実の結びつきが強くなったのかもしれないですね。それ自体は良いことだけど、Webが現実から切り離された表現空間ではなくなって、実世界で口にできない事(主に悪口や自慢)を吐き出す便利な空間として利用されてしまったような。。。

資本主義的な人々に目をつけられた

キュレーションサイトの例のようにパイが大きくなったからビジネスチャンスが生まれて、組織ぐるみで質の低いコンテンツを量産されてる。

googlefacebookなどの企業は社会を変革する事ではなくて、如何に収益を上げるかに関心が移ったようです。大正義google先生も「邪悪になるな」と言っておきながら、大胆に個人情報を抜き、ロビー活動に余念がなく、天下りも積極的と中々不安にさせてくれます。
gigazine.net

まあ、自動運転とかやってるので政治力が大切なのは分かりますけど。

昔はWikipediaとかオープンソースとかWebからはカウンターカルチャー的な匂いがしてたのに、今はお金の匂いしかしません。サッカーやオリンピックもそうだけど、資本主義に目をつけられるとロクなことがない。アメリカの大統領選でも明らかになったけれど、人間の憎悪を利用して自分に有利な情報をまき散らす術が確率されたのも痛いですね。

自浄作用の欠如

Webの発言は現実とは違って一生残ります。現実のような自浄作用がないので、Webは劣悪なコンテンツは検索結果のランクを低くするとかレビューのパトロールとか、GoogleアルゴリズムAmazonの審査など企業努力支えられてます。 しかし、いたちごっこ的なところがあるので、SEOのように解決はできないでしょう。

今後の予想

匿名はモラルの面や偽装が簡単なこと、「誰が言ったか」もとても重要だったということで今後は下火。
実名はFacebook疲れのように、自分を偽ることに疲れ、偽りの他人を見ることに辟易してます。
それに実名だと本音を語るにはリスクが伴うので、実名も主役にはならないと思います。
特に炎上し易い世の中になったので、ネット上の事が現実の生活にも影響しないように実名でエッジの効いた事を発信するのは難しい。
「誰が言ったか」は大事だけど実名は危ない。ということで、偽装されにくいidやハンドルネームのブログのようなメディアに回帰する流れが来ると思う。
既に、ブログは仕組み的に少し古いのでMediumみたいな新しい個人メディアを模索する流れが来ています。

medium.com

匿名だけど個があって、意見交流ができて、マネタイズも出来るみたいな。(今はマネタイズ出来なそうだけど)
少し文化的で、カウンターカルチャーの匂いがあるものが良いのかもしれません。
まさにこれはblog2.0ですねw

publicの終わり

最近は不寛容な時代になりました。
様々な有名人の発言が毎日「配慮が足らない」と炎上しています。

沢山の人がいれば誰かは不満に思うでしょう。一切の不満を無くすのであれば、当たり障りの無いつまらない事を垂れ流すしかないのですが、それを求めている人がいますし社会はこの流れです。
本来ならば「嫌なら見るな」なのですが、publicなものや公共性の高いものはそれが出来ません。

情報が一気に拡散するこの時代に全員に配慮する事は不可能なのですが、とにかく配慮しないといけません。

少しでも不快に思う人がいるのであれば悪という風潮は続くと思います。
思うにこの風潮にはニーチェの"無への意志"を感じます。ニヒリズムがかなり蔓延してるのかもしれません。

ニーチェはこれらの安楽状態を求める欲望の背後にあるのは〈無への意志〉である、といいます。 活動、快楽、創造ではなく、一切の苦がなくなった静かな安楽の世界を求める。これは要するに、すべての苦がなくなり静けさのなかで憩うこと、つまり「無」を望んでいることになるというのです。これまでのキリスト教バラモン教や仏教の背後にある意志は、疲労して休もうとする意志、何も創造せずひたすら安楽になろうとする意志にすぎない、というのです。

西研.NHK「100分de名著」ブックス ニーチェ ツァラトゥストラ(NHK「100分de名著」ブックス)(Kindleの位置No.634-638).NHK出版.Kindle版.

NHK「100分de名著」ブックス ニーチェ ツァラトゥストラ

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つまり、publicでopenなメディアやコミュニティは今後どんどん厳しくなります。

これからは、目立たないようにやるか、クローズドでやるしか何も生まれないのかもしれません。
大きくなると公共性の罠にかかって無難にするしか無くなるので、上手いこと隠れるかクローズドにするか、適切な規模に分裂させるなり、ある程度は「嫌なら見るな」と言えるようにしなくてはいけないのだと思います。
#限度はありますが

ラジオを聞いてると目立たないことを利用して尖ったことをやったりしていますしね。

現実世界はブレグジットやトランプ就任など、グローバリズムが終わって分断・分解の流れが来ています。
Webも同じようにオープンは善、クローズドは悪と一概には言えない時代なのかもしれません。
現実世界のように差別と憎悪による排他は勘弁ですけど。

憎悪に満ちたWebを救うためには、皆さんが「51%の思いやり」を持ってですね。。。
まぁ、話すと長くなるのでこの辺で。